何もしていない時間の重さ

他人が頭の中で何を考えているか知ることはできない。



勉強でも仕事でもなんでも、



実際に机に座ってる時間=それに取り組んだ時間

であると錯覚しがちだが、

実際は

それについて考えた時間=それについて取り組んだ時間

の方が正しい。



だから



シャワー浴びてようがなにしてようが、


「あれはどういう意味だったんだろう...」
とか
「これからあれをどうしようか」


って考えてるならきっと仕事や勉強の成果は上がるだろう。


成果って言葉嫌いなので、あまり成果主義にとらわれた馬鹿みたいなことは書きたくないが、読者には少しでも成功していただきたい、かもしれない。



子供の成績がよくなるように、ゲームの時間を制限するみたいな話あるけれど、ゲームやってない時間もゲームのことを考えてたなら、意味がない。

勉強させたいなら勉強にハマらせる方法を考えた方がいい。

結局勉強させるには楽しいと思えるかが本質的。

これは子供だけの話ではない。


ゲームにハマりすぎると、本来他のことに使うべき思考リソースも知らないうちに奪われている。


人間の生活にはやらなければいけないこととそうでないことがある。


自分がとりあえずやらなければいけないことをやった上でゲームしてるから問題がないとするのは非常に危険だ。


例えば自分が将来何になるかを考えること。


これはやれと言われないことなので、

今日の宿題が全部終わったので今日はずっとゲームしよう。みたいな生活をしていると、


知らない間にタイムリミットが来る。



シャワー浴びてる時間とか、漠然と考え事をする時間、


この時間をゲームの攻略に当てるのは、知らないうちに取り返しのつかない損失をしている可能性がある。